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2005-12-31移転のごあいさつ

こんにちは。

あれから最後まで書き、文体もちょっと変更しました。

http://kokorosha.sakura.ne.jp/kokorosha01.doc

サブアカウントを使いたいため、今後は

http://d.hatena.ne.jp/kokoroshaDX/

で続けます。

よろしければご覧ください。

2005-09-19

しかし、パッケージの裏に描かれている風景は、ぼくの想像とはまるで逆の世界でした。

小太りで、バンダナをしめ、レーサーがするような先の開いた革手袋をした40歳過ぎの男が小舟に乗って、眉間に皺を寄せながら網を引き揚げると、トビウオではなく、くさやそのものがかかっているという絵だったのです。

イラストの下には解説がありました。

くさや―

かつてはトビウオを加工して作っていたが、昭和20年、横須賀で自爆兵器「伏竜」の部隊が、天然のくさやが泳いでいるところを発見、酸素マスク越しにわかるくらいの鮮やかな香りだった。兵士たちは、クリーム色の平べったい魚がユーモラスに泳ぐさまを見て、自分の置かれている過酷な使命を一瞬忘れて微笑んだという。

今では、その臭気から、身寄りがない独身男性がおもに漁にあたっている。

驚きのあまり、思わずくさやスティックを噛み切ってしまいました。すると、当然ながら口の中にタンパク質の腐った独特の匂いが広がったのです。ぼくは苦しくなって喉をかきむしりました。幸いながらぼくは爪を切るのが趣味みたいなところがあったため、力いっぱいかきむしっても喉は無傷でした。その様子を見た猫がぼくのところに猛然と駆けこんできました。撫でろというのです。たしかにぼくは、「猫にとって都合のよい人間」なのかもしれません。口からはくさやの匂い。このかきむしり方で自分の背中や喉をかかれたら…と思うと、猫だけでなく、カブトムシやゴミムシダマシなど、かゆみが生じても打つ手がないはずの外骨格生物たちが「この人なら何とかしてくれるはず」と米粒くらいの脳で考え、寄ってきたのです。

2005-09-11

男が差し出したパンフレットには、種類別に「良薬は口に苦し」の比喩で使われるものたちが、良薬にあたらないという科学的説明が記されていました。

「くさやは…このページにある。あれも実は健康にはよくないんだ。」

パンフレットにはこう書いてありました。

くさや

【一般的に信じられている説】

くさやは健康によい食べ物と見なされています。乳酸菌の一種がくさや菌であり、健康によい成分も含まれているのですが、それにも増してその臭さから「単に臭いのではないだろう。きっとすばらしく健康を向上させる物質が含まれているに違いない」と邪推されているというのが現状です。

【真実】

食べるときに鼻の息を止めるので、口で呼吸することになって危険です。まだ呼吸に慣れていない乳幼児は特に危険。離乳食に入れるなどすると、口呼吸が定着してしまいます。

また、口の中に入れたまま寝ると、ハエが来る可能性が高く、独立心旺盛なウジの場合は、産み落とされるやいなや動き始めるので、一晩で口の中がウジだらけになってしまいます。

なるほど…ウジが沸く危険性…これは新しい生命の可能性と読み替えることも可能か…を秘めながらぼくはくさやスティックを1箱買って口に入れ、再び歩き始めました。歩くと呼吸が荒くなり、口いっぱいにくさやの香りが広がってきました。ぼくは漁師の妻が、夫の無事を祈りながら、トビウオに乳酸菌をかけているところを想像し、夫婦の絆についてぼんやりと考えました。

2005-09-03

目印になるタバコ屋の角を曲がると、表札に「木村」とある家がありました。まさにこれが木村氏の家です。しかし、タバコ屋のことも気になってきました。なぜなら、近年の禁煙ブームのあおりを受けているであろうタバコ屋の「次の一手」がどんなものであるか知りたいと思ったからです。

「こんにちは…タバコに全然興味がないのですが…何かもらえます?タバコに替わるような何か」

「あー最近そういう人が増えてきていてねぇ。スタイリッシュで、ちょっと体に悪くて、臭いものってことだよね…最近はくさやスティックがよく売れてるけど…」

スティックを手に取りながら、なるほどと思いました。くさやのタンパク質が腐った匂いは、タバコをはるかに超える臭さであり、歩きながら吸っていると、タバコよりも迷惑をかけそうです。形状も、だらしなく紙に巻かれているタバコとは対照的に、念入りに干し固められ、非常にスマートです。これなら、タバコの代替品としては十分、むしろタバコよりも優れている点が多いと思いましたが…

「ただ、くさやは健康食品であると言われていますよね。健康を害することが重要な魅力の一つとなっているタバコと比べると、この点では見劣りしてしまいますよね。」

とぼくが反論してみると、タバコ屋の男は、奥から震える手で一冊のパンフレットを取り出してきました。その縦長のパンフレットには「むしろ毒薬こそ口に苦し」と大きな字が書いてありました。

「最近、『臭いものや不味いものがむしろ健康にいい』というムードが広まっているが、おかしいと思うんだよ。『良薬は口に苦し』みたいなことを涼しい顔で言う人も多いけれど、口当たりの悪いものがすべて良薬であるとは限らない。たとえば、塩酸は飲むと口当たりが悪いじゃないか。たぶん舌も喉もビリビリすると思うんだけど…本当は、口当たりのよくないものは危険だと思うべきなんだよ。」

2005-08-29

その元マネージャーは、クビになったあと、ぼんやりと中吊り広告を眺めていました。その広告には「スローライフ・リバイバル」と書いてありました。スローライフが、いつの間に廃れていたのか、そしてスローライフに取って代わったのはどんな暮らしだったのか、ファーストライフなのか、それとも、スピードとはまったく関係のない、たとえば、常に生乾きの洋服を着ることを大事にする「ウエットライフ」なのか、まったく見当もつきませんが、彼にとっては突然降って沸いた無職という状態を受け入れる口実として「スローライフ」は口当たりのよいものだったと言えるでしょう。彼はその中吊りを見たあと、とたんに動きが緩慢になり、次の駅で降りようとしつつもドアに挟まれそうになり、慌てて身を引いていました。彼が降りる時はやってくるのだろうか?と思いながら、ぼくは木村氏の住むという大塚で降りました。

大塚で降りたのは生まれて初めてです。大塚はタバコの町として有名だという話をどこかの作家が書いていた気がします。ただ、その作家はヘビースモーカーらしく、何でもタバコに結びつけないと気が済まないようで、有名な女性の手の指を「まるで上質のタバコのように細くて…」とたとえたり、気に入らない女性の足の指を「まるでシケモクのように短くて黒ずみ…」とたとえたりするような作家なので、彼にかかれば日本の町すべてがタバコの町なのかもしれないな…と思って改札を出ると、タバコ屋はどこにも見あたりません。木村氏の家はタバコ屋の角ということだったので「タバコ屋が多すぎたら困るな」と思っていたのですが、まったくないのも困ります。近くを歩いている、メンソールが好きそうな女の人に聞いてみると

「そこをまっすぐ行けば、タバコ屋がありますよ。ただ、もうタバコっていう時代でもないと思いますけどね…」

と意味ありげな言葉を残して去っていきました。