ココロ社(本社) このページをアンテナに追加

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2005-08-29

その元マネージャーは、クビになったあと、ぼんやりと中吊り広告を眺めていました。その広告には「スローライフ・リバイバル」と書いてありました。スローライフが、いつの間に廃れていたのか、そしてスローライフに取って代わったのはどんな暮らしだったのか、ファーストライフなのか、それとも、スピードとはまったく関係のない、たとえば、常に生乾きの洋服を着ることを大事にする「ウエットライフ」なのか、まったく見当もつきませんが、彼にとっては突然降って沸いた無職という状態を受け入れる口実として「スローライフ」は口当たりのよいものだったと言えるでしょう。彼はその中吊りを見たあと、とたんに動きが緩慢になり、次の駅で降りようとしつつもドアに挟まれそうになり、慌てて身を引いていました。彼が降りる時はやってくるのだろうか?と思いながら、ぼくは木村氏の住むという大塚で降りました。

大塚で降りたのは生まれて初めてです。大塚はタバコの町として有名だという話をどこかの作家が書いていた気がします。ただ、その作家はヘビースモーカーらしく、何でもタバコに結びつけないと気が済まないようで、有名な女性の手の指を「まるで上質のタバコのように細くて…」とたとえたり、気に入らない女性の足の指を「まるでシケモクのように短くて黒ずみ…」とたとえたりするような作家なので、彼にかかれば日本の町すべてがタバコの町なのかもしれないな…と思って改札を出ると、タバコ屋はどこにも見あたりません。木村氏の家はタバコ屋の角ということだったので「タバコ屋が多すぎたら困るな」と思っていたのですが、まったくないのも困ります。近くを歩いている、メンソールが好きそうな女の人に聞いてみると

「そこをまっすぐ行けば、タバコ屋がありますよ。ただ、もうタバコっていう時代でもないと思いますけどね…」

と意味ありげな言葉を残して去っていきました。

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