ココロ社(本社) このページをアンテナに追加

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2005-08-25

「いらない」と「是非ほしい」。まるでアイドルの歌のようだと思いました。

「一見、相反する気持ちが実は一番近いところにある」的な言い回しは、何百万人もの人が、あたかも自分が思いついたかのように「意外だけどそれが真実。人間って不思議な生き物」というニュアンスをこめて口にします。ぼくはなぜか、そういった「意外な法則」について訳知り顔で解説されやすいタイプなのですが、他にも、「腕時計についての認識は恋人についての認識を表す」という話をされることも多いです。根拠がない話だと思います。「いつもつけてるのはちょっと面倒」というと「恋人の存在がちょっとうざったいと感じていますね?」といった言い当てが行われるのが通例です。

どんな発言も色眼鏡で見れば、恋人のことについて語っているように見えてしまうのです。ただ例外はあります。たとえばこの、クビにされた瞬間採用されたマネージャーは、メガネをしていたのですが、メガネがずれていないのに、似顔絵にされるときは必ずメガネが片方ずれているように描かれそうなほど、「空気の読めない」タイプに見え、彼ならきっと「腕時計についてどう思う?」と聞かれたら、「金属のところに垢がたまっているところとそうでないところがある」などと答え、恋人の話を絡めて深層心理をえぐり出そうとしている人をガッカリさせることでしょう。

そのマネージャーの採用を瞬く間に決めたタレントは、マネージャーの才能に惚れて採用したというよりも、「決断が早い」ことを世間に伝えたいようでした。たしかに「即決」というイメージは現代的だと思うのですが、かわいそうなのはそのタレントについ先ほどまで雇われていた元マネージャーです。無能な男にマネージャーの座を取って代わられたわけですから。

2005-08-23

驚くべきことに、ぼくが乗った車両には、有名人がずらり。タレントやスポーツ選手、政治家まで乗っていました。有名人がこんなに集中していることに対して困惑した様子でした。あちこちで頭をかきながらあいさつをしていたのですが、彼らの会話を盗み聞き(しかし、有名人ですから、自分の会話は世界中に向けて発信されているような気持ちで話しているはずです)しました。

「いやぁ…おたくも庶民派であることをアピールしようと思って電車に?しかし重なるものですなぁ…」

どうやら、彼らは普段、運転手つきの車に乗っているが、「お高くとまっていては人気がなくなってしまう」と危機感を覚え、庶民派であることを示すため、たまに電車に乗っているようなのです。不思議なことに、明らかに庶民派であると見なされているはずの、バラエティ番組に出ている女性タレントまでもが照れながら頭をかいています。自分が世間からどう見られているのか理解していないのでは?と思いました。

ただ、「さすがスターは違う」と思ったことには、頭をかいたときに出てくるフケの一粒一粒をマネージャーが、割り箸の先に黒い紙を貼り付けたものをせわしなくかざし、隠し、あたかも「トイレはもちろんのこと、フケも出しません」と言わんばかりの清潔さです。彼らの早業を感心して見ていたのですが、要領の悪いマネージャーが、黒い紙をかざす方向を間違え、かえって黒地に白いフケが目立ってしまうような演出をしてしまっていました。そのマネージャーは即刻クビを言い渡されていたのですが、その瞬間、他のタレントにマネージャーとして即採用されていました。その素早さたるや天下一品で、二人の声は重なり、

「キミはもういらないキミが是非ほしい」と聞こえました。

2005-08-20

よくビデオデッキが普及したのは裏ビデオがあったせいだとか、インターネットが普及したのはエロサイトのおかげだという人がいますが、文字もまた、セクシャルなエンジンにより普及したと言えるでしょう。

セクシャル・エンジン…思わず即興で歌を作ってしまいました。


♪セクシャル・エンジンはすべてを変える

ビデオを普及させ

インターネットも広める

文字もセクシャル・エンジンのおかげ

1000馬力相当のエンジンに匹敵

ついでに子供も生まれる

生まれた子のうち、5パーセントは

「生まれてすみません」と言うけれど

成長とともに何も言わなくなり

やがて適当な相手を見つけて結婚し

おとなしく天寿を全うする♪


ぼくは自分の奏でる軽快なサウンドに乗って、「人」の字を模すように大股でテンポよくステップを踏み、鶯谷の駅に向かいました。勢いよく歩くうちに、ワドルは引き離されていきました。地球上で周回遅れになったとき、ぼくはまたワドルに会うかもしれないなと思いながら、心の中で彼に別れを告げ、山手線に乗りこみました。

2005-08-16

そこまで考えて、ぼくはいい案を思いつきました。ぼくの名前がぼく自身に似ていないのであれば、ぼくの実情に似た名前を名乗ればいいのです。つまり、ぼくの名前を「人」にすればいいと思いました。ぼく自身、猿に似ていると揶揄する人もいますが、種としてはヒトになります。いや、ヒトです。「○○になります」という日本語が近年、「○○です」の婉曲表現として使われるシーンをよく見かけますが、無から急に○○が生成されるようで気持ちが悪いです。しかし、板橋区成増で行われている「なります祭り」ではそうはいきません。自分にとって都合のよい時代の日本語を「正しい日本語」として、今の日本語の乱れを自分の髪の乱れよりも憂いている人も、祭りの日は、「~です」を「~になります」と言わねばならないのです。たとえば、おつりとして「100円です」と言うよりも、「100円になります」と言った方が、無から100円が湧き出てきているような感覚があり、非常に縁起がよいとされているのです。

それはそうと、ぼくは人なので「人」という名前がぴったりですし、さらに「人」という字の成立にさかのぼったとしても、そのフィット感はまったく損なわれません。まず「人」という字。俗説では、人と人が支え合っているのが人という字とされていますが、実際は人が股を開いて立っているところを文字にしたというのが正しいのです。人という字が発明される前、庶民は性欲を単体で処理する方法をいまだ発明しておらず、実際にセックスするしかなくて、それによって無闇に人口が増えたときもあったのですが、人という字の発明により、庶民は砂に「人」と書いて、手軽なエロスを楽しんだのです。

京都では人文字焼きも行われ、庶民たちは下半身剥き出しでうっとりしながら人文字山を見ていたのですが、室町幕府の弾圧により「人」を「大」にせざるを得ず、現在の大文字になっています。今はエロチックな要素は皆無なのが残念なところです。

2005-08-11

単純に考えて、たとえば木村氏が、「きみの言うことは理解できるし承諾するが、このワドルという男は何だね…いちいち腹立たしい…」などと言って責め立てるのが最も労力を使わない方法だと思いますが、逆の可能性もないわけではない…

急に、木村氏に好かれるためにはどうしたらいいか?について気になりはじめました。そのためにはまず木村氏がどういうものが好きであるかを考える必要があります。ぼくが引用したところから考えると、「彼は水っぽい水ようかんが好き」ということがわかります。このことから導き出せる仮説は二つあります。

(1)「彼は水っぽいものが好き」という説…この説が正しいなら、彼は水びたしになった肉まんや、梅雨時に放置されたスナック菓子などが好きということになります。それならば話は簡単です。このまま歩いていくと、ぼく自身、汗まみれになるので、汗だくのぼくの顔を見ただけで、木村氏は満面の笑みをたたえ「ようこそ」と言ってくれることでしょう。

(2)「彼は、本質的な物が好き」という説…これは了解しづらいですが、「水ようかんと称するからには、水っぽくないと」という理論です。彼が嫌うものは「黒い白鳥」などの、名前に反する存在で、さらに象形文字である漢字の成り立ちから説明すると、峰が三つではない「山」や、乳首のない「母」が嫌いということになります。この(2)の場合は大変難しいです。私の名は藤原幸夫といいます。「幸夫」の部分は、幸せだと思うし、それが表情にも表れていると思うので大丈夫ですが、「藤原」が難しい。まず、「藤原氏」の家系にふさわしくないといけない。小学生の頃は図書委員でいながらにして、学級委員のやる仕事まで引き受けていたりしたのですが、果たしてそれは、摂政や関白のような行動だったと言えるのかどうかはわかりません。また、藤原の語義にさかのぼって、藤でできた原に自分が似ているかというと、顔色があまりよくなくて紫であるところはともかく、細かく連なる花弁に相当するような器官をぼくは持っていません。強いて言うなら、肺胞が連なる肺は近いのかもしれないと思いますが、ぼくの肺は人一倍多くのものに覆われています。肋骨、皮下脂肪だけでなく、胸毛にも覆われていて、「ほら、この奥に秘められているのは…ぼくが藤原であることを示す…」と言ったところで、誰も信じてくれそうにありません。

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